農業を死守しなければ、環境は護れないし、私も守れない。
客が増えるに従い、態勢もずいぶん変化していく。
たとえば予約しながら来ない客がいる。そのため家族総動員で準備をしたり、手間ひまかけて作った料理が無駄になった。
「金かけて何をしたのかわからん。これじゃいかんということになって、50年代に入ったころから予約金(1000円)をいただくようにしました」
また好みも出てきた。出す料理は同じ種類でも家々によって味付けが違う。客側も宿泊先を選ぶ権利を主張し始めた。
ハガキでの申し込みに対応が間に合わなくなったこともあって、各民宿へ電話での申し込みに切り変わったのが、昭和54、55年のころだった。
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一方で、新しいメニューの開発にも力を注いだ。しかし中心はやはり山菜料理である。
「まるで精進料理じゃないかというわけですよね若い人なんかは。年寄りはいいかもしれませんが、どうしても年齢層が高くなってしまう」。
そこで「山の里」では畜産業の息子の博明さんが一念発起。「客層を変えたい」と安全面や味で絶対の自信がある自家製の牛を牛を客に食べてもらおうと思い立った。
平成3年のことだ。「肉やら始めて、つまるか!(受け入れられるか)」という大方の反応だった。
ところが大ヒットした。子供を含めて若い人がやってくるようになって、一気に客層が広がった。
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畜産農家が生産牛を自前の飲食店で提供するというのは、県下でも初めての試みだった。
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民宿「やまなみ」の森本幸隆さんは、つい最近まで2町5反(約250アール)の田畑で米と野菜をつくり、牛も50頭飼っていた。
しかし長男の隆文さんが跡を継ぐのに牛の世話までは手が回らないということで、2年前に手放した。
「いいときにやめたとは思います。しかし、農業をやっていたからここまでこれた。やっぱりこだわりはあります。
実際産山の8〜9割が農業。村の人とのふれあいが家の中に入るとなくなります。
外に出て農作業をして、いろんなことを聞きたいし・・・この道に入って現場を離れたから、やっぱり寂しいものがありますよ」
現在田畑は1町6反となったが、米と野菜だけはつくっている。安心できる確かな食材を使いたいと思うからだ。
「やまなみ」も平成5年ごろまでは家族が一緒に寝泊りして一緒に食事して、という民宿本来の姿をとどめていた。
しかし、間仕切りはふすまだけということもあって、プライバシーの問題が出てきた。
食事のみでとまらず帰る客が多いなか「泊まってもらうためには部屋のつくりも考えにゃいかん」というわけで、増築を重ね、旅館的な個室形式に移行した。
現在自宅は同棟の中にあるが食事を一緒にとる機会はほとんどない。
また増え続ける客も森本さんを戸惑わせている。現在食事と泊まりあわせて年間約1万人。浮かしは食事が多かったが、今は逆転して泊り客が8割を占める。
家族だけでの切り盛りも料理に手が掛かり、今ではパートの人にも頼っている。
「本当の姿やないから、お客さんには勘弁してください」と言い続けているという森本さん。
民宿はやってよかったとは思っているが「太め過ぎたな」というのが正直な実感だ。
だから跡継ぎの隆文さんには、「決して大きくしてはいかん。これを小さくしてもいい。
お客さんに喜ばれるような型を崩してはいかん。本物こだわらないとお客さんは離れていく。
そして農業は絶対にせにゃいかん」とつねに言っている。それはそのまま自省の弁でもあった。
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「最初は雲をつかむような感じ。果たしてやっていけるかなあと不安があったですけど、農家は米をつくるぐらいしか現金収入がないから、
そういうことでお客さんがくればなあというのが最初の動機でしたね」とは民宿「太平の上」の井浩子さん。
「ここらへんは(間取りが)昔の”田の字”型の家ですから、ふすま一つですよね。何組ものお客さんを泊めるわけにはいきません。
だから中に廊下を通したり、お客さんが増えては手を入れ、増えては手を入れという感じで少しずつ」改築を繰り返してきました。
固定客も付き客数は徐々に上がっていった。多いときで年間4000人くらい。2000人を超えたあたりから、商売になってきたとも感じている。
しかし、「自分でできるものを、ここで採れたものをということで始めたものですから最後までこれで行こうと思っています」との初志は色あせない。後継者も孫が有力候補だという。
「農業をやっていかないと民宿もできないと思うしですね。ここの環境を護らんといかんとですよ。
それは農業でないとできません。産山はいいな、自然がいっぱいでいいなと言ってもらえるのは農家が護っているからこそ。
これを観光化してしまったら産山のよさはなくなります。だから観光に向けてあんまりいじるのは嫌ですね。
お客さんもこのまま続けてくださいと言ってくださるし、私たちはあくまで農家民宿として内容を変えずにやっていきたい」
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